当事者として

なぜ、この地図をつくったのか

2026.09.13

医療の中にいても、この分野では素人だった

私は医療専門職として病院で働いています。医療の内側にいる人間です。

それでも、障害のある子の進路については何も知りませんでした。そもそも分野が違う。病院の中で当たり前に手に入る情報が、ここでは手に入らない。見通しが、まったく立ちませんでした。

特別支援学級と特別支援学校の違いも、わからなかった

これは、今だからわかることです。

小学校は特別支援学級を選びました。けれど、そこの先生方は、障害のある子どものことをよく理解しているわけではありませんでした。対応は荒く、子どもの体に傷が残ることもありました。

今思えば、強く訴えればよかった。そうしなかったのは、「この子の状態なら仕方ない」と思ってしまうほど、私自身が弱っていたからです。

あのころ、妻は鬱になりました。私は仕事に逃げました。子どもにきつくあたることもありました。妻にも、子どもにも、家族みんなに、いまも申し訳なく思っています。

中学から特別支援学校に移りました。先生方は子どもの特性をよく理解していて、子どもはとても安定しました。最初からそうしていればよかった——その後悔があります。

これはうちの場合の話です。どちらが正しいということではありません。ただ、違いを知らないまま選ぶと、こういうことが起きる。それを伝えたくて書いています。

誰に当たるかで、道が変わってしまう

相談支援員の寄り添い方は、人によってまったく違います。できるだけ関わりを避けようとする人もいました。障害福祉の担当も、人が変われば言うことが変わる。

今は、心から寄り添ってくれる信頼できる人に出会えています。それはありがたいことです。

けれど、人に左右されてはいけない。良い人に当たるかどうかで、子どもの道が変わってしまってはいけない。親にも、知識がいる。

情報が整備されていないなら、自分でつくる

調べようとしても、情報は散らばっていて、アナログで、整備されているとは言いがたい状態でした。

だから、自分が知りたかった形でまとめました。それがこの地図です。

今でも迷う

正直に言えば、今でもどうすればよいか迷うことはあります。

ただ、これは自分だけではないはずです。同じように困っている親に、手を差し伸べたい。それだけのために、これをつくりました。

障害の有無に関係なく、子どもと一緒に幸せになる道はあります。

私は、幸せの選択肢の広さを、子どもから教えてもらいました。

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